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宗次ホール [ミッドナイト東海]

 2月18日にクラシックコンサートに行って来ました。

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名古屋の栄にある宗次ホールはCoCo壱番屋の創業者、宗次徳二(むねつぐ とくじ)氏が
私財を投じて2007年に建てられたクラシック専用のホールです。

宗次徳二 WiKipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%AC%A1%E5%BE%B3%E4%BA%8C


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 昨年、当ブログに宗次ホールの方からコメントを頂き、ラジオの深夜放送の思い出について
作文を書いて欲しいと依頼されました。
その作文を読みながら、クラシックコンサートをする企画なんだそうですが、
深夜放送とクラシック音楽とはなんの繋がりも無いので、そこにいったいどういう意図が
あるのか疑問を感じつつも、とりあえず書いて応募しました。


 それが採用されることになったというので、頂いた招待券を持って出掛けたというわけです。
でも閑散とした会場だったら・・・、という一抹の不安がないわけではなかったのですが、
行ってみて驚きました。満席だったのです、クラシックのコンサートが。








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  ヴァイオリン 苅谷美幸
  ピアノ     西岡雄太
  朗読     村上和宏 (東海ラジオアナウンサー)


1 J.S.バッハ : チェンバロ協奏曲 第5番より
                       第2楽章 アリオーソ

2 ベートーヴェン : スプリングソナタ 第5番より
                       第1楽章 アレグロ

3 ドルドラ  : 思い出


4 ドヴォルザーク : 4つのロマンティックな小品 作品75より
                        第1曲 アレグロ・モデラート

5 R.シューマン  : 「子供の情景」より
                        第7曲 トロイメライ

6 アイルランドの民謡 / クライスラー編 : ロンドンデリーのうた


7 フランク : ピアノとヴァイオリンのためのソナタより
                   第4楽章 アレグレット・ポコ・モッソ



 コンサートは午前11時30分から12時45分まで。
採用された7作品の作文を一つ読んでは一曲演奏していくスタイル。
ワタクシは40年前の東海ラジオ「ミッドナイト東海」の松原敬夫さんの放送について書きました。
内容は「M・S君からの手紙事件」を要約したものです。
読まれている間、会場内がし~んとするのがわかって、ドキドキしました。

 他の作品は同じ「ミッドナイト東海」でも名和秀雄さんの放送についての想い出を書いた方や
「ジェットストリーム」について書いた方、リコタンの「電リク」のことを書いた方などがいました。


 コンサート終了後には演奏者と宗次徳二氏(予定)との記念撮影があるという話でしたが、
ワタクシたちの前に演奏者と記念撮影をされている団体がいました。
いったいどういう方々なんだろうかと思っていましたら、このホールでは8名以上の団体予約を
するとこういう特典があるのだそうです。
それと多くの観客が近隣のお店で食事ができるセットプランを利用しているようでした。
そのほかにも会費無料のフレンズ会員に登録すれば、毎月カラーチラシが自宅に届くなど
クラシックを気軽に楽しめる工夫があって、年400回のコンサートを開催できているのだそうです。

 ラジオの深夜放送とクラシック音楽、たしかになんの繋がりもないですが、平日のお昼に
懐かしい思い出話を聴きながらクラシック音楽を一緒に楽しむ企画もありかなと理解できました。

ちなみに今度4月には「まったり猫と楽しむクラシック」というのがあって、まったり猫の写真を
募集しているのだそうです。




 さて、最後の記念撮影は残念ながら宗次氏はいませんでしたが、ワタクシにとっては
大きなサプライズがありました。
それは松原敬夫さんが特別ゲストとして客席に来ていまして、
コンサートの最後に当時のエピソードを少しお話して頂いたことです。
40年前のミッドナイト東海には一度もハガキを書いたことありませんが、
いまこうして、ブログを書くことが松原さんへのお便りになっている感じがします。
ミッドナイト東海はまだ終わってないのかもしれません。



  
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     宗次ホール     http://www.munetsuguhall.com/




過去の関連記事

  M・S君からの手紙   http://1565.blog.so-net.ne.jp/2006-03-26


  北川とみ         http://1565.blog.so-net.ne.jp/2006-09-03
           







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ミッドナイト東海 ファンの広場 「MY」 [ミッドナイト東海]

 今年の6月、いすゞオーナーズミーティングで、117O.CのMさん(岐阜)から
思いがけない申し出がありました。
「ミッドナイト東海の広報誌をもっているので、今度探して送ります」というのです。

まさかMさんから、117クーペでなくミッドナイト東海の話題が出るとは
思っても見ませんでしたし、なにより驚いたのは、当時そういう広報誌があったことを
ワタクシは今年の初めに“あにまるっ”さんより教えていただいたばかりだったのです。

Vol.1 1970年7月25日発行
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後日、Mさんから送られてきたものには、当時の封書に入ったままの広報誌でした。
当時はファンクラブでもあったのかと思いましたが、Mさんの話によると、
「たしか送料分の切手を送るともらえた・・・と思う」とのことでした。
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Mさん、たいへん貴重なものをありがとうございました。





深夜放送「ミッドナイト東海」がスタートしたのは昭和43年(1968年)の3月1日、午前0時。
後にスタート時間は0時10分になり、ワタクシがよく聴くようになった1972年頃も
ミッドナイト東海といえば0時10分でした。
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Vol.2 1971年2月13日発行
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Vol.3 1971年8月25日発行
この年、7月27日~28日に鈴蘭高原キャンプ場で行われた「ミッドナイト東海 
ファンの集い」の様子も紹介されています。

ワタクシは今年初めに、この号の画像データをあにまるっさんより頂いて、
冊子(約20ページ)の存在を知りました。
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アマチンと娘さんの動物園デートの様子。
愛車はプリンス スカイライン DX 
ちゃんとナンバーまで紹介されています。
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レオの愛車は初代ファミリア クーペ1000
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昭和46年当時の名古屋市・栄(さかえ)南大津通りの歩行者天国。
先日、この歩行者天国が27年ぶりに復活することが報道されました。
http://sakae.keizai.biz/headline/1607/
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携帯ラジオ [ミッドナイト東海]

 最近は時々ラジオを聞きながら仕事をすることがあります。

午前中はCBC放送、つボイノリオの「聞けば聞くほど」
      http://hicbc.com/radio/kikeba/

午後からは東海ラジオ、宮地佑紀生の「聞いてみや~ち」を聞くことが多いです。
      http://tokairadio.co.jp/blog/miyachi/index.php?cID=2

ラジオは等身大、しゃべっていることに、ついついうなずいてしまいます。




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聞くときはいつも作業服の胸のポケットにラジオを入れて聞いているのですが、
困るのは、チューニングや音量調整のツマミが横についていて、
ちょっとした拍子にすぐにずれてしまうことです。
どうして多くのラジオは横にツマミが付いているんでしょう。
せめてカバーでも付いていたらいいのに、と思ってしまいます。

ツマミ自体もちょっと動かしただけで、音量が大きくなりすぎたり小さ過ぎたり、
微妙な調整が難しい。
一見、使い易そうで、案外使いにくいラジオ・・・。

どこかに安価で使い易いラジオってないでしょうか。





<ごほうび弁当>
「つボイノリオの聞けば聞くほど」とのタイアップ商品。
愛知、岐阜、三重県内のサークルK・サンクスで6月6日~6月20日までの期間限定販売。
「ごほうびパスタ」もありました。
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それにしてもここ東海地方のラジオで活躍しているのは
つボイノリオ、宮地佑紀生(昔は宮地由紀男)、

それに東海ラジオの午前中には「かにタク 言ったもん勝ち」
http://www.tokairadio.co.jp/program/kanitaku/index.html
の蟹江篤子など、

みんな約35年前の深夜放送でしゃべっていた人たちばかりで、
いまだに第一線で活躍しているのがうれしい。




宮地由紀男率いるバンド「無有(ムウ)」 1977年発売

LPレコードの帯は「宮地由紀夫」になっているけど
中の歌詞カードには「宮地由紀男」になっている・・・。
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過去の関連記事 http://1565.blog.so-net.ne.jp/2006-03-29



ファーストアルバムから「ちょっと遅れて」






 ラジオっていいなぁ。










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恋のてくだ [ミッドナイト東海]

 東海ラジオの深夜放送「ミッドナイト東海」初代のオープニング曲は
ビリー・ヴォーン楽団(アメリカ)の「恋のてくだ」です。
前々からこのCDが欲しいなぁと思っていましたが、ようやく手に入れることができました。
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このCDは海外のサイトから直接購入しなければいけませんが、
ワタクシにはできないので、あにまるっさんにお願いしました。
でも代金は支払っていません。
たまねぎと物々交換です。(^^
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このあにまるっさん、先日のリコタンとjunkoさんのコンサートには
わざわざ千葉から名古屋に駆けつけ、このCDと、さらにカーネーションの花束まで
リコタンにプレゼントしたというのですから、すごいです。




さてこのCD、Made in Brazil です。
CDは普通のインクジェットプリンターで印刷したみたいな感じ。

8曲目に入っている「THE WAY OF LOVE」が恋のてくだです。
さっそく聴いてみました。
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でも曲はたった2分ちょっとで終わり。
40年前、当時のミッドナイト東海を聞いていた人ならわかりますが、
(現在放送中の「ミッドナイト東海21」でも使われてますが)
オープニングでこの曲をバックにDJが5分以上しゃべってました。
東海ラジオはこの曲のエンドレステープでも作って使っていたんでしょうかねぇ。



このCDをパソコンに取り込むのに、iTunes だと普通に取り込めますが、
Windows Media Player だと曲名が取り込めません。



しかし、数あるビリー・ヴォーン楽団の曲のなかでも、この「THE WAY OF LOVE」は
メジャーではないんでしょうか?
YouTube にアップされていないのが腑に落ちません。
なので・・・。














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リコタンとjunko さん [ミッドナイト東海]

 5月9日、母の日にリコタンとjunko さんのジャズコンサートに行ってきました。

40年前、東海ラジオの深夜放送「ミッドナイト東海」の初代パーソナリティだったのが、
リコタンこと岡本典子(よりこ)さんです。
その娘さんjunko さんがジャズ歌手になり、この度初めて、リコタンとの
コラボレーションが実現しました。

しかしながらワタクシ、リコタンの娘さんがジャズ歌手になったなんて全然知りませんでした。
それが1週間前にご本人から当ブログにコメントをいただきまして、そこで初めて知った次第。
ご本人からのご案内であるならば、行かないわけにはいきませんね。

すでに昼の部は満席になっていたので、夜の部に行きました。
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ジャズライブは初めてで、こういうお店も入ったことありません。
一人でしたが、ちょうど窓際のカウンター席に座ることができました。


リコタンがミッドナイト東海をやっていた頃、ワタクシは小学5年生でした。
夜遅くまで起きてることができないので、ラジオとイヤホーンを持って布団をかぶり、
「夜中に目を覚ましますように~」と自己暗示をかけて寝るのです。

そうすると、夜中に目を覚ますんですね、これが。
もちろん時々ですけど。
でもイヤホーンで聞きながら寝ているので、朝、起きるとイヤホーンが
首に巻きついていたりして・・・・、よく死ななかったなぁ。
そうやって、命をかけて聞いていましたミッドナイト東海。(笑)



今回のコンサートは
第一部がjunko カルテットの歌と演奏。
第二部がミッドナイト東海のテーマソング「恋のてくだ」と共に
リコタンが登場。

事前に募集してあった「母の日」にちなんだお便り(メール)をリコタンが
朗読しながらおしゃべりして、途中にjunko さんが歌うというスタイル。
つまり、ミッドナイト東海のライブ版そのものだったんですね。

リコタンの落ち着いた朗読を聞いた瞬間、
「あぁ、そうそう、リコタンのミッドナイトはこうだった」と
遠い昔の記憶がいっぺんによみがえりました。

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母の日にちなんだお便りは、投稿者の年齢層が高いので、介護のことや、
すでに亡くなった母の話が多かったです。

ワタクシの近くに座っていた女性が、リコタンの朗読が始まるとずっと泣いていまして、
「たぶん、この方は投稿したご本人なんだろうなぁ」と思っていました。
いろんな経験をされた方、様々な境遇の方が今夜もこうしてリコタンの
声を聞いているわけでして、それは40年前の放送と同じなんだなぁ、
と感慨にふけっていました。



ワタクシも娘を持つ親ですので、
「あと10年もすれば、自分の娘もこんな話をするようになるのかしらん」
と想像しながら、junko さんのステージを見ていました。

「40歳までは結婚しない!」
なんて、自分の娘が言ったらショックだなぁ。(笑)

母と娘のやり取りを見ていて、本当に仲が良くて
お互いに尊敬し合っていて、母の愛を一身に受けて育ってきたのが
よくわかりました。

junko さんはジャズシンガーとしての道はもちろんですが、
リコタンのような素敵なママになることも一緒に目指して欲しいなぁと思いました。

泣いていた女性も最後は声を出して笑っていました。



     



    「今今と 今という間に今ぞ無く 今という間に 今ぞ過ぎ行く

    今を大事にしようね、 自分を大事にしようね。

    じゃまた、みんな 来週 ちゃんと聞いてよ
    
    じゃね、リコタン ポコタン 岡本典子のミッドナイト東海でした。

    チャオ!」












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今年2月3日の中日新聞。 
著書「リコタン 星飛ぶ」は会場でも販売されていました。
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こちらも、よろしく。
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覚王山 STAR EYES
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ちょっと行くとル・アンジェ教会があります。







junko さんのブログから
この日の写真 http://junjazz.blog86.fc2.com/blog-entry-295.html


junko さんの公式HP http://junkojazzvocal.web.fc2.com/


STAR EYES http://www.stareyes.co.jp/










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二人の世界 [ミッドナイト東海]

 木下恵介アワー TBSテレビ「二人の世界」主題歌(昭和46年)

「二人の世界」    作詞   山田太一
           作、編曲  木下忠司
             唄   あおい輝彦

 
 ブログに記事を書いたり、コメントを書いたりする時に、勘違いや記憶が
曖昧なことが多いのですが、先日書いた「ミッドナイト東海21」という記事も、
確信がないまま書いたことがあります。

「起きてる、聞いてる、まだしゃべってる アマチンのミッドナイト東海21」というところ。
「聞いてる」なのか「生きてる」なのか?
どうも放送でははっきりと聞き取れない。

「起きてる、生きてる、まだしゃべってる」じゃ、まるでゾンビみたいだから
「起きてる 聞いてる まだしゃべってる」の方が深夜放送のキャッチフレーズに
ふさわしいと、勝手に自分で思って、先日の記事にしました。

そして、7月6日(金)の夜(7日になってますが)の放送は、不覚にも前半を聞き逃した
のですが、番組の終了間際にアマチンさんが
「起きてる、生きてる、まだしゃべってる」と、“生きてる”をやけに強調してしゃべってるのに
びっくり。(まるでこのブログを読んで、間違いを指摘してるみたい)

やっぱりワタクシが間違ってました。
それで「これは直接、聞いてみるしかない」と思いまして、番組にメールを出しました。
(昔、深夜放送を聞いていても、自分がはがきを書いたことはありませんでした。)

そして、7月13日夜の放送。
<青春リクエスト>という番組終了間際のコーナーでワタクシのメールが読まれました。
35年前の「ミッドナイト東海」でアマチンさんが使っていた
「起きてる、生きてる、しゃべってる・・・・」というフレーズに“まだ”をつけて、
「起きてる、生きてる、まだしゃべってる アマチンのミッドナイト東海21」となったそうです。

<知多市の新舞子に住んでいる・・・>というのも過去のことで、現在は転居して住んでいない
そうなので、その部分も記事を訂正しました。

 そのメールでリクエストした曲が「二人の世界」です。
写真のレコードはワタクシの4歳上の姉が当時購入したもの。
レコードで聴くより、ラジオから流れてくる方が素敵に聞こえます。








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ミッドナイト東海21 [ミッドナイト東海]

左からレオ(森本レオさん)、アマチン(天野鎮雄さん)、リコタン(岡本典子さん)。
「リコタン 星飛ぶ」から。

 昔('68年~'83年)、東海ラジオで放送されていた深夜放送「ミッドナイト東海」。
その番組が2005年10月から再び「ミッドナイト東海21」としてスタートしました。
ただし、放送は金曜日の夜(0時~2時)のみ。

学生時代にはあれほど一生懸命に聞いていた番組でしたが、
「ミッドナイト東海が復活する」というニュースを新聞で読んだ時は、
何故かそれほど「聞きたい!」とは思いませんでした。
パーソナリティはアマチンこと天野鎮雄さん('68~'72担当)と松原敬生さん('74~'76担当)の
お二人が一週交代で放送するというものでした。

しかし学生時代に聞いていた頃から早30年の年月が流れ、ワタクシにとってアマチンといえば
森本曜子さんと午前中に放送していた「アマチンのラジオにおまかせ」というイメージでしたし、
松原敬生さんも「ミッドナイト・・」の松原さんではなく「ぶっつけワイド」の松原さんというイメージ
の人でしかなかったのです。

社会人となった現在は、とても深夜の時間帯にラジオを聞いていられるような
状態でないこともありますし、なんたって部屋にラジオがありません。
「ミッドナイト東海21」のことは、新聞の記事以来すっかり忘れてました。

ところが先日、たまたま夕刊のラジオ欄で「ミッドナイト東海21」の文字が目に止まりました。
その日は金曜日の夜だったのです。
懐かしのあの曲・・・という番組欄の文字に惹かれ、聞いてみようかな?と思いました。

最近になって、それまでは子供の手が届かないタンスの上にあったミニコンポを
妻が子供にも使えるようにと、ワタクシの部屋に持ってきたのであります。

「聞いてみようかな?」と思っていても、大抵忘れて寝てしまうのですが、
その日は違いました。寝ようと思ったのが偶然にも0時。
時計を見て思い出し、あわててラジオをつけました。

そこから聞こえてきたのはなぁ~んと「ミッドナイト東海」初代のテーマ音楽、
ビリーボーン楽団の「恋の手管(てくだ)」だったのです!!
まさか昔のテーマ音楽をそのまま使ってるとは知りませんでした。
超懐かしい!!
興奮しながらも、急いでMDに録音しながらふとんに入りました。

最初は35年前に届いたはがきのリクエストに答えるコーナー。(当時のはがきがとってあったのかな?)
「深夜のタイムカプセル」は過去の出来事を振り返りながら、当時の流行歌を紹介するコーナー。
「東海の車窓から」は東海地方の市町村の一つを紹介し、地元の担当者と電話で話すコーナー。
「アマチンの名作劇場」ではさすが俳優さんだけあって、味のある朗読が素敵です。
「青春リクエスト」ではリスナーからのリクエストで思いがけない珍しい曲がかかります。

アマチンさんの放送を聞いていると、「ラジオにおまかせ」のアマチンさんではなく、
昔の「ミッドナイト東海」のアマチンさんだ、と思いました。
ワタクシが昔「ミッドナイト東海」を聞いていたのはだいたい'72年~'77年の間でした。
アマチンさんやリコタン、森本レオさんなどの初代パーソナリティから、フォークシンガーの
山平和彦さん(故人)、岐阜公園にある名和昆虫博物館館長の名和秀雄さん(故人)、
東海ラジオアナウンサー松原敬生さん(当時は敬夫さん)などの第二期のメンバーに代わった
ところでしたから、アマチンさんの放送はほんの数回しか聞いてません。
どんな内容だったのか、どんなはなし方だったのかも記憶に無いのですが、
それでも「ラジオにおまかせ」ではなく「ミッドナイト東海」のアマチンさんだと思ったのです。

アマチンさんのボキャブラリーに感心しながら、熱血漢なところに共感し、
その話術に魅了されてしまいます。
懐かしい曲と共に聞いてると、自分も多感な中学生に戻ったような気がします。

 「あぁ、ラジオって楽しいなぁ~」って久々に思いました。

  起きてる、生きてる、まだしゃべってる、 アマチンのミッドナイト東海21! 

         http://www.tokairadio.co.jp/program/mid21/

一方の松原さんの放送は、すでに昨年終了したようで、一度ぐらいは聞いておくべきだった・・・
と悔やんでいます。






我が家からクルマで20分ほどの距離にある、愛知県知多市の新舞子(しんまいこ)にて。
アマチンさんは昔、この新舞子に住んでいました。
橋の向こうは「新舞子マリンパーク」






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景三BAND [ミッドナイト東海]

 昭和52年頃だったと思います。
当時は名古屋で絶大な人気を誇った元チェリッシュの奥山景三さん。
(ただし東海ラジオの深夜放送「ミッドナイト東海」のリスナーにだけ・・)

ある日友人からの情報で「今度、景三バンドが来る」というので、
その日、名古屋の東山公園まで見に行きました。
ワタクシはてっきり、ミニコンサートでもあるのかと思っていたのですが、
じつはこれ、ファンクラブの集いだったのです!
「シマッタ・・」と思いましたが、もう遅いです。
「まだ入会手続きをしてない方はこちらで、受け付けます」
なんて言われて、やむ得ず入会したのです。

 何故か上半身裸の景三さん。
黒いTシャツ姿は河原龍夫さん(通称ハーさん)。
のちに「アクエリアス」というグループをつくって
「手を打ちながら走れ」という曲を大ヒットさせました。
(ただしCBCラジオのリスナーにだけ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%8E%9F%E9%BE%8D%E5%A4%AB

 ハーさんは会社の先輩の結婚式で、新婦側の知人ということで、
お見かけしたことがあります。
「マイウェイ」を唄ってくれましたが、さすがプロ!と思わせる歌唱力。
でも、その時のお二人は、結局長続きしませんでした・・・。

 奥山景三さんは、現在は<奥山敬造>の名前(こちらが本名?)で活躍中。







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北川とみ [ミッドナイト東海]

 昭和52年、名古屋輸入車ショーにて。
ゲストは北川とみさん。司会は松原敬生さん。






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おいら万作 [ミッドナイト東海]

 昭和49年だったと思います。
当時中3のワタクシは毎晩のように東海ラジオの深夜放送、
「ミッドナイト東海」を聞いておりました。

 パーソナリティは誰の日だったかは、覚えていませんが、
<るんぺん>という名のグループが唄った「おいら万作」という曲が
何度か放送されました。
正式にレコードになったのか、素人の方でテープだけだったのかもわかりません。
「帰ってきたヨッパライ」のような早回しの曲です。

 のちにワタクシは某農業試験場に2年間、研修生として在籍したときに
宴会のたびにこの「おいら万作」を唄って大いにうけ、先輩からは
「卒業アルバムに歌詞を載せろ」とまでいわれました。
当時、ワタクシたち農業後継者たちの愛唱歌デシタ。

  「おいら万作」     作詞、作曲 不明 (ご存知の方教えてください)
                歌  るんぺん

一、  僕は百姓の小せがれで
     毎日毎日くわ持って
     野良仕事に励んでる
     あーいやだ、あーいやだ
     こんな生活は  (わぁーわぁー)

二、  僕は百姓の小せがれで
     一日そこらで働かされて
     畑の中から出られない
     あーいやだ、あーいやだ
     こんな生活は  (わぁーわぁー)

三、  僕は百姓の小せがれで
     毎日毎日学校で
     百姓百姓とばかにされて
     あーいやだ、あーいやだ
     こんな生活は  (わぁーわぁー)

     私の母は百姓で
     私の父も百姓で
     その間に生まれた私も
     やっぱり百姓だ  (わぁーわぁー)


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